就職や転職を考えるとき、多くの方が一度は好きなことを仕事にしたいと願うのではないでしょうか。

SNSには好きなことで生きていくというフレーズがあふれ、適職診断サイトも数多く存在し、誰もが本当の自分に合った仕事を探し求めています。

しかし、その前提そのものを疑ってみたことはありますか?

実は心理学研究では、好きなことを仕事にすれば幸せになれるという常識に、静かに疑問符が投げかけられています。

この記事では、キャリア心理学や日本の労働市場のデータをもとに、自分に合った仕事をどのように見つけていけばよいのかを多角的にご紹介します。

目次

好きなことを仕事にすることの落とし穴

2018年、スタンフォード大学とイェール大学の研究者ら(O’Keefe, Dweck, Walton)が、学術誌『Psychological Science』に一つの論文を発表しました。

「興味や情熱は、もともと自分の中に眠っていて”発見”するものなのか、それとも後から”育てる”ものなのか」

素朴でありながら根本的な問いを、5つの実験を通じて検証したものです。

「固定理論」と「成長理論」という2つの信念

研究チームは、人が興味・関心について抱いている暗黙の信念を、大きく2つに分類しました。

ひとつは、興味や情熱はあらかじめ自分の中に固定されていて、それを見つけ出すべきだと考える「固定理論」

もうひとつは、興味は今の関心事から時間をかけて育てていけるものだと考える「成長理論」です。

結果は、示唆に富むものでした。

固定理論を持つ方ほど、自分の既存の関心の外にある新しい分野への興味を持ちにくく、いざ情熱を注げる対象を見つけても、それが困難に直面した途端に興味を失いやすい傾向が見られました。

一方で成長理論を持つ方は、新しい分野にも心を開きやすく、対象が難しくなっても興味を維持しやすかったといいます。

研究チームは論文の中で「情熱を見つけよう」という助言は、人に一つの籠にすべての卵を入れさせ、それが重くなった途端に放り出させてしまいかねない、と表現しています。

なお、この研究は一度発表されて終わりというものではなく、その後も検証が重ねられています。

同じ研究グループは2023年にも追跡研究を発表しており、成長理論的な考え方を促す働きかけによって、学生が数学や科学など自分の専門外の分野への関心を実際に高められることを示しています。

2026年現在においても、キャリア心理学の分野で継続的に参照され続けている理論です。

情熱は見つけるものではなく育てるもの

これは、好きなことを仕事にしてはいけないという単純な話ではありません。

大切なのは、仕事への情熱は最初から用意されているものではなく、働きながら後天的に育っていくものだという視点です。

天職コンサルタントとして活動する専門家も、消費者としての「好き」と仕事としての「好き」はまったく別物であると指摘しています。

テレビを見るのが好きな方が、番組制作に必要な企画・リサーチ・編集といった地道な業務に向いているとは限らない、ということですね。

職業選択理論の王道、ホランドの六角形モデル(RIASEC)とは?

とはいえ、「自分の適性を知る」こと自体が無意味というわけではありません。

キャリア心理学には、100年以上にわたる理論的な蓄積があります。

特性因子理論からRIASECモデルへ

その源流は、1909年にフランク・パーソンズが提唱した特性因子理論にさかのぼります。

「丸いクギは丸い穴へ」という有名な言葉に象徴されるように、自分の特性(能力・興味)と職業が求める特性を一致させることが、適職選びの基本になるという考え方です。

これを発展させ、現在でも最も広く使われているのが、アメリカの心理学者ジョン・L・ホランドが確立した職業選択理論、通称「RIASEC(リアセック)」あるいは「六角形モデル」です。

人の性格や興味を、現実的・研究的・芸術的・社会的・企業的・慣習的の6タイプに分類し、自分のタイプと職業環境のタイプが一致するほど、仕事への満足度・安定性・達成度が高まるとする理論です。

日本の適職診断・進路指導を支える基盤理論

日本でも、この理論は非常に大きな影響力を持っています。

学校の進路指導で使われる「VRTカード(職業レディネス・テスト)」や、厚生労働省が運営する職業情報サイト「job tag」も、ホランド理論を土台に設計されています。

キャリアコンサルタント国家資格の試験でも頻出の理論であり、いわば「適職診断」というジャンルそのものの基盤になっていると言えるでしょう。

六角形モデルは今も通用するの?

1959年に生まれた理論を今さら参考にする意味があるのか、と疑問に思われる方もいらっしゃるかもしれません。

この点については、2026年4月に学術誌『Frontiers in Organizational Psychology』に掲載された最新のレビュー論文が参考になります。

そこでは、ホランドの六角形理論は現在も現場のキャリア支援において高い妥当性を持ち続けていると結論づけられている一方で、いくつかの限界も指摘されています。

2026年最新レビューが示すRIASECの妥当性

具体的には、自分のタイプと職業環境が一致している方ほど職務満足度や勤続年数が高い傾向は、数十年にわたる複数の研究で繰り返し確認されています。

ただし、その適合度が満足度に与える影響の大きさ自体は、研究者たちが中程度と表現する程度にとどまり、経済状況や家庭の事情、景気の変動といった外的要因の影響力を上回るほどではないようです。

また、RIASEC診断を用いた介入(診断結果をもとにキャリア相談を行うこと)が実際にどれだけ効果を持つかについては、研究間で結果にばらつきがあり、一様に効果が実証されているとは言い切れない状況です。

適職診断との正しい付き合い方

六角形モデルにまったく根拠がないというのは言い過ぎですが、今も一定の妥当性を持つけど万能ではないツール、というのが2026年時点における学術的な評価に近いといえます。

診断結果がすべてを言い当ててくれるわけではありませんが、自分では気づいていなかった興味の傾向を発見したり、知らなかった職業に出会ったりするきっかけとしては十分に価値があります。

診断結果がすべてであり、それ以外の可能性を切り捨ててよいという使い方をしてしまうと、本来は自己理解を広げるためのツールが、逆に視野を狭める道具になりかねません。

適職診断は、あくまで自己分析の補助線として活用されることをおすすめします。

キャリアの8割は偶然で決まる「計画的偶発性理論」

ホランド理論が自分に合った職業を探し出すアプローチだとすれば、まったく異なる角度からキャリアを捉えた理論もあります。

1999年、スタンフォード大学の心理学者ジョン・D・クランボルツが提唱した「計画的偶発性理論(プランド・ハップンスタンス理論)」です。

クランボルツは、ビジネスパーソンとして成功した方々のキャリアを調査し、そのターニングポイントの実に8割が、本人も予想していなかった偶然の出来事によってもたらされていたことを発見しました。

彼はキャリアカウンセラー向けの講演で、聴衆に「18歳の時点でこの職業に就くと決めていたか」と繰り返し尋ねたというエピソードを紹介しています。

その質問に「はい」と答えられる方は、ほとんどいなかったそうです。

偶然を引き寄せる5つの行動特性

この理論のポイントは、「偶然に身を任せればよい」という受け身の話ではないところにあります。

クランボルツが強調したのは、偶然の出来事に出会うチャンスは、日々の行動によって能動的に増やすことができるという点です。

そのために重要とされているのが、次の5つの行動特性です。

📌好奇心:新しい知識や経験を積極的に求める姿勢

📌持続性:うまくいかないときも粘り強く続ける力

📌柔軟性:状況の変化を受け入れ、考え方を調整できること

📌楽観性:不確実な状況でもチャンスを見出す視点

📌リスクテイク:結果が読めなくても一歩踏み出す勇気

つまりこの理論は、あらかじめゴールを決めて一直線に進むというキャリア観そのものに、一石を投じるものです。

変化の激しい時代において最初から明確な計画に固執することは、かえって目の前に現れた思わぬチャンスを見逃すリスクを高めてしまう、という考え方といえます。

ホランド理論との対比

ホランド理論が自分と職業の適合点を事前に見極めるアプローチだとすれば、クランボルツの理論は動きながら、偶然の中で適性を育てていくアプローチだと言えるでしょう。

どちらか一方が正しいというよりも、この2つの視点を両輪として持っておくことが、実践的には有効だと考えられます。

日本の仕事が合わない問題

理論だけでなく、実際の日本の労働市場にも目を向けてみましょう。

転職率・離職率の最新統計(2025年)

マイナビキャリアリサーチLabの調査によれば、2025年における正社員の転職率は7.6%と、過去最高水準に達しています。

転職理由としてもっとも多く挙げられたのは「給与が低かった(23.2%)」で、僅差で「仕事内容に不満があった(21.0%)」、「職場の人間関係が悪かった(20.0%)」が続いています。

新卒採用に目を移すと、厚生労働省のデータでは、大卒新入社員の3年以内離職率は32.3%、高卒では37.0%にのぼります。

つまり、大卒者のおよそ3人に1人が、入社から3年以内に会社を去っている計算になります。

JILPT(労働政策研究・研修機構)や内閣府の調査でも、若者の離職理由のトップは一貫して仕事が自分に合わなかったためとなっています。

「職業間ミスマッチ」という構造的要因

さらに興味深いのは、日本総研が2026年3月に発表した分析です。

企業の人手不足感が強まる一方で失業率が下げ止まっている背景には、職業間のミスマッチの拡大があると指摘されています。

事務職などでは求職者が供給過多になっている一方、専門・技術職やサービス業では人手不足が深刻化しており、スキルや職種の不一致が、求職活動をしても就業に結びつかないケースを増やしているとのことです。

これらのデータから見えてくるのは、仕事が合わないという感覚は決して個人的な甘えではなく、多くの方が直面している構造的な課題だということです。

同時に、離職理由のトップが給与であるという事実は、好き・向いているだけが仕事選びの基準ではないという、当たり前ではあるものの見落としがちな現実も示しています。

自分に合う仕事を探すための具体的な方法

理論と現状を踏まえたうえで、実際に自己理解を深めるための具体的な方法をいくつかご紹介します。

1. 自己分析と他己分析を組み合わせる

自分の価値観や強みを言語化するだけでなく、家族や同僚、友人といった第三者からのフィードバックを取り入れることで、主観だけでは見落としがちな傾向に気づくことができます。

自分では「普通」だと思っていることが、実は他人から見ると突出した強みであるケースも少なくありません。

2. やりたくないことから逆算する

好きなことが思い浮かばない方は多いですが、やりたくないことであれば案外はっきりしていることが多いようです。

人前で話すのが苦手であれば黙々と作業するデスクワークが向いているかもしれない、といった具合に、消去法から仕事の方向性を絞り込むアプローチも有効です。

3. 業務を細分化して「集中できる作業」を洗い出す

同じ職種であっても、業務内容を細かく分解してみると、自分に合っている部分とそうでない部分が見えてきます。

たとえば同じ営業職でも、資料作成やデータ分析に集中できる方もいれば、顧客との対話に力を発揮できる方もいます。

今の仕事の中で「時間を忘れて取り組める瞬間」をリストアップし、その共通点を分析することで、職種転換のヒントが得られるでしょう。

4. 「好きなこと」を動詞で50個書き出す

マーケティング視点のキャリア論として知られるこの手法は、名詞ではなく動詞で「好きなこと」を書き出していく自己分析法です。

「料理が好き」ではなく「段取りを考えるのが好き」「手を動かして完成させるのが好き」というように動詞化していきます。

こうすることで特定の職業名にとらわれることなく、自分の根本的な志向性が浮かび上がってきます。

5. 公的機関の無料ツールを活用する

厚生労働省が提供する職業情報サイト「job tag」は、ホランド理論に基づいた職業検索が可能で、無料でご利用いただけます。

また全国のハローワークでは、ジョブ・カードを使った自己理解セミナーも定期的に開催されています。

民間の適職診断とは異なり、特定のサービスへの誘導を目的としていない分、フラットな情報源として活用しやすいでしょう。

見つけるから育てるへ

「自分に合った仕事」を一発で言い当ててくれる診断や理論は、残念ながら存在しません。

ホランドの六角形モデルは自己理解の入り口として有用ですが、それを絶対視してしまうと視野を狭めるリスクがあります。

一方でクランボルツの計画的偶発性理論は、あらかじめ完璧な適職を探し当てようとするのではなく、目の前の機会に好奇心を持って飛び込み続けることの大切さを教えてくれます。

そして、O’Keefeらの研究が示すように、情熱や好きという感情そのものが、仕事を始める前提条件ではなく、働く中で育っていくものだとすれば、私たちに必要なのは「この仕事で情熱を育てていく」という姿勢なのかもしれません。

自分に合った仕事は、静的に見つけるものではなく、行動しながら動的に育てていくものです。

そのように捉え直すことで仕事選びに対するプレッシャーは、少し軽くなるのではないでしょうか。

┃よくある質問

Q1. 「好きなことを仕事にする」のは、やめたほうがよいのでしょうか?

いいえ。重要なのは、情熱や興味を「最初から完璧な形で見つけ出そう」とするのではなく、「働きながら少しずつ育てていくもの」と捉えることです。

実際の研究でも、興味は後天的に育てられると考える方のほうが、困難に直面しても関心を維持しやすい傾向が示されています。

Q2. ホランドの適職診断(RIASEC)は当たるのでしょうか?

一定の妥当性はありますが、万能ではありません。

2026年の最新レビューでも、自分のタイプと職業環境が一致している方ほど満足度が高い傾向は確認されている一方、その影響力は「中程度」にとどまるとされています。

診断結果を絶対視せず、自己理解を広げるきっかけとして活用するのがおすすめです。

Q3. 適職診断の結果と、実際にやりたい仕事が違う場合はどうすればよいですか?

診断結果はあくまで参考情報の一つです。

診断結果に自分を合わせにいくのではなく、「なぜ違和感があるのか」を掘り下げてみましょう。

業務を細分化して自分が集中できる作業を洗い出したり、家族や友人に他己分析をしてもらったりすることで、診断だけでは見えなかった適性に気づけることがあります。

Q4. 計画的偶発性理論とは、簡単に言うとどのような考え方ですか?

キャリアの多くは、あらかじめ立てた計画ではなく、偶然の出来事によって形作られるという考え方です。

ただし偶然を待つだけでなく、好奇心・持続性・柔軟性・楽観性・リスクテイクという5つの行動を意識することで、よい偶然に出会うチャンス自体を増やせるとされています。

Q5. 自己分析は具体的に何から始めればよいですか?

まずは「やりたくないこと」を書き出すところから始めるのがおすすめです。

好きなことがすぐに思い浮かばなくても、避けたい業務や環境は案外はっきりしていることが多いためです。

そのうえで、好きなことを動詞で書き出す方法や、厚生労働省の「job tag」など公的機関の無料ツールを併用すると、より立体的に自己理解が深まります。

Q6. 「天職」は見つかるものですか、それとも作るものですか?

近年の研究が示しているのは、「作る」に近い考え方です。

情熱をあらかじめ見つけ出そうとするよりも、目の前の仕事や機会の中で興味を育てていく姿勢のほうが、長期的な満足につながりやすいとされています。

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